毎年5月の第2日曜日になると、花屋にカーネーションが並び、家族で食事に出かけたり、プレゼントを贈ったりする光景が日本各地で見られます。でも、「そもそも母の日って、いつ、どこで生まれたの?」と改めて聞かれると、答えられる人は意外と少ないのではないでしょうか。
「アメリカが起源らしい」「カーネーションを贈る習慣はどこから来たの?」「日本にはいつ伝わったの?」——こうした素朴な疑問は、母の日が近づくたびに頭をよぎるものです。
この記事では、母の日の歴史を古代ローマ時代まで遡り、現代のアメリカで「母の日」として制定された経緯、日本への伝来と普及の流れ、さらに世界各国の母の日事情まで、時代を追って丁寧に解説します。歴史を知ることで、今年の母の日がより意味深いものになるはずです。
母の日の遠い起源——古代ローマから17世紀イギリスまで
母の日の歴史をたどると、その起源は意外なほど古い時代にさかのぼります。
古代ローマ時代の春祭り
古代ローマでは、大地と豊穣を司る女神「リーア(Rhea)」に感謝を捧げる春祭りが毎年行われていました。これは「母なる神」への崇拝という形で、母性そのものを祝う文化的土台となっています。直接的に「母親」を祝う行事ではありませんでしたが、母の日の精神的な原型のひとつと考えられています。
17世紀イギリスの「マザリング・サンデー」
より具体的な形で「母」を祝う慣習として知られているのが、17世紀のイギリスで行われていた「マザリング・サンデー(Mothering Sunday)」です。これはキリスト教の復活祭(イースター)の40日前の日曜日に設けられた日で、出稼ぎや奉公に出ていた若者たちが、故郷の母親のもとへ里帰りすることを許されました。
この慣習には以下のような特徴がありました。
- 帰省した子どもたちは、道中で摘んだ野の花や「シムネルケーキ」と呼ばれる伝統的なケーキを母親に贈った
- 「母教会(Mother Church)」への礼拝も行われ、宗教的な意味合いが強かった
- 現代のように商業的な習慣ではなく、家族の絆を再確認する日として機能していた
この「マザリング・サンデー」は現在もイギリスやアイルランドで続いており、5月第2日曜日ではなく復活祭前の日曜日に祝われる点が、アメリカ発の母の日と異なります。

現代の「母の日」の誕生——アメリカで制定されるまで
現在、世界の多くの国で採用されている「5月第2日曜日の母の日」は、20世紀初頭のアメリカで生まれました。その中心にいたのは、アンナ・ジャービス(Anna Jarvis)という一人の女性です。
アンナ・ジャービスの活動
アンナ・ジャービスは、1905年に母親のアン・リーブス・ジャービスを亡くしました。母を深く愛していた彼女は、母親への感謝を社会全体で表す日を作ろうと精力的に働きかけます。アンナの母アンは、南北戦争中に敵味方の区別なく負傷兵を看護した女性であり、その献身的な精神はアンナに大きな影響を与えていました。
公式制定への道のり
アンナの運動は次第に広がり、以下のステップを経て「母の日」は国家的な祝日となりました。
- 1908年:アンナの呼びかけにより、ウェストバージニア州グラフトンの教会で、亡き母を偲ぶ記念礼拝が初めて行われた。この際、母が好きだった白いカーネーションが飾られたことが、カーネーションを贈る習慣の原点とされている
- 1910年:ウェストバージニア州が全米で初めて「母の日」を州の公式記念日として採用した
- 1914年:ウッドロウ・ウィルソン大統領が「5月の第2日曜日を母の日とする」大統領宣言に署名し、アメリカ全土の公式祝日として制定された
こうして母の日は、個人の追悼から国家的な祝日へと昇格しました。皮肉なことに、アンナ・ジャービス自身はその後、母の日が急速に商業化されることを強く批判し、晩年まで反対運動を続けたことでも知られています。

日本への伝来と普及——明治末期から戦後まで
アメリカで生まれた「母の日」の習慣は、どのようにして日本に根付いたのでしょうか。その歴史は、明治時代の末期まで遡ります。
明治末期〜大正時代:キリスト教会からの伝来
日本に母の日が伝わったのは、明治時代の終わりから大正時代にかけてのことです。アメリカで母の日が広まると、日本にいるキリスト教の宣教師や信徒たちがその習慣を持ち込み、教会や日曜学校を通じて紹介するようになりました。
- 明治末期頃:キリスト教関係者により、一部の教会で母の日の行事が行われ始める
- 1915年(大正4年)頃:教会でのお祝いの行事が徐々に定着し始める
この時点では、あくまで一部のキリスト教コミュニティ内での行事にとどまっており、一般社会への普及にはまだ時間が必要でした。
1931年:皇太后誕生日との結びつき
日本独自の動きとして、1931年(昭和6年)には、当時の皇太后(貞明皇后)の誕生日である3月6日が「母の日」として定められ、一般にも少しずつ知られるようになっていきました。
1937年:森永製菓のイベントが転機に
母の日が日本の一般家庭に広く普及するうえで大きな転機となったのが、1937年(昭和12年)です。森永製菓が「母の日大会」と呼ばれる大規模なイベントを開催し、これがメディアにも取り上げられたことで、一般家庭への認知が一気に高まりました。
戦後の定着と現在の形
その後、第二次世界大戦による中断を経て、戦後にアメリカ文化が再び流入する中で「5月第2日曜日」という現在の形が日本でも定着。カーネーションを贈る習慣も、この時期に広く浸透していきました。

世界の母の日——国によって日付も慣習も異なる
「母の日=5月第2日曜日」というイメージが強いですが、実は世界を見渡すと、国によって日付も祝い方も大きく異なります。
主な国の母の日一覧
| 国・地域 | 母の日の日付 | 特徴 |
|---|
| アメリカ・日本・カナダ・オーストラリアなど | 5月第2日曜日 | カーネーションを贈る習慣が一般的 |
| イギリス・アイルランド | 復活祭前40日目の日曜日(3月頃) | 「マザリング・サンデー」として継続 |
| フランス | 5月最終日曜日(※母の日が聖霊降臨祭と重なる場合は6月第1日曜日) | 家族で食事を共にする慣習が強い |
| タイ | 8月12日(シリキット王妃の誕生日) | 国家的な祝日で、ジャスミンの花を贈る |
| ノルウェー | 2月第2日曜日 | 北欧独自の日程 |
オーストラリアの事例
オーストラリアでは、5月第2日曜日が母の日として定着していますが、その贈答習慣の起源はユニークです。1924年、シドニーのライカート(Leichhardt)に住むジャネット・ヘイデン(Mrs Janet Heyden)が始めたとされており、戦争で息子や夫を亡くした孤独な老女性たちを慰めるために、子どもたちに贈り物を持って訪問することを呼びかけたことがきっかけと言われています。
タイの母の日に見られる文化的な背景
タイでは王妃の誕生日が「母の日」とされており、国家への敬愛と母への感謝が一体となった祝日になっています。贈る花もカーネーションではなくジャスミンである点が特徴的で、各国の文化・歴史・宗教が母の日の形に色濃く反映されていることがわかります。

カーネーションはなぜ母の日の花になったのか
母の日にカーネーションを贈る習慣は、日本では今や当たり前のように思われていますが、その由来はアンナ・ジャービスの行動にさかのぼります。
1908年にアメリカで行われた最初の母の日の礼拝で、アンナは亡き母が好きだった白いカーネーションを参加者に配りました。白は「純粋な母の愛」を象徴する色として選ばれたとされています。
その後、母の日が広まる中で色の意味が分かれていきました。
- 白いカーネーション:亡くなった母への追悼・故人への敬意
- 赤・ピンクのカーネーション:存命の母への感謝と愛情
この色分けの習慣は日本にも伝わり、長らく「母が健在なら赤、亡くなっていれば白」という形で親しまれてきました。現在では赤やピンクを中心にさまざまな色のカーネーションが贈られるようになりましたが、この由来を知っておくと、花を選ぶ際の気持ちも少し変わるかもしれません。
母の日は、特定の宗教や国家の枠を超え、時代と地域を超えながら「母への感謝」という普遍的な思いを形にしてきた

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まとめ
まとめ
母の日の歴史は、古代ローマの女神崇拝や17世紀イギリスのマザリング・サンデーを遠い源流としつつ、20世紀初頭にアメリカのアンナ・ジャービスの活動によって現代的な形が確立されました。1914年にアメリカで国民の祝日として制定されたのち、日本には明治末期から大正時代にキリスト教を通じて伝来し、戦後の社会に広く定着しました。日付や祝い方は国によって異なりますが、「母への感謝を伝える」という本質的な意味は世界共通です。その起源を知ることで、毎年訪れる母の日がより深みのある日として感じられるでしょう。
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